1979年に始まったメディアアート界の世界最高峰の祭典「アルス・エレクトロニカ・フェスティバル」が今年も9月に開催された。現代アート・テクノロジー・ソサエティの超ホットな交差点とは。
16/9/2025 Text by Shika Haku
今年もオーストリアのリンツにて、メディアアート最大の祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」が開催された。2年前に訪れ、その規模に圧倒された筆者は、今回の参加を見合わせようかと悩んでいたところ、NYのパーソンズに通う友人から知らせを受け取った。どうやら、彼女のアルスでの展示が決まったそうだ。これは応援しに行かねばと、すぐに出発を決めた。
1979年に始まったこの巨大な祭典は、メディアアート界で知らない人のいない世界最高峰の祭典である。ここで展示することが、あらゆるメディアアーティストの夢と言っても過言ではない。アーティストのみならず科学者、技術者などが世界中から集まり、未来を形作るあらゆるアイデアや価値観が提案される。至って真面目であるのと同時にそれと同じくらいぶっ飛んだ、アート・テクノロジー・社会のいわば超ホットな交差点なのである。
今年のテーマは「パニック」。戦争や気候変動など様々な問題により世界が不安定さを増す中で、私たちはどれくらい長く希望を持つことができるのか。これからいったい何が起きるのだろうか。そんな激動の情勢を切り抜ける、これからのヒントになるような作品が選ばれていた。
テーマに沿った展示では、昨今のあらゆる社会課題に関するインスタレーションが、だだっ広いメイン会場の地下にずらりと並ぶ。全部回るには、早歩きしても1時間は欲しい。
犬型ロボットが壁に固定された鎖に繋がれながら、20分くらいずっと鎖から逃れようと暴れ回るパフォーマンスに人だかりができていた。その「犬」はドタバタと無意味な抵抗を試みて、人間と同じように転んでは起き上がりを繰り返し、最後は仰向けに倒れてパフォーマンスが終了。途中、ランダムな動きの中から偶然うまく鎖をほぐす場面もあり、どこかで動きがスマートになるかと期待したものの、「犬」は最後まで不器用な姿を見せ切ってくれた。聞くとあえてそう見せているそうだ、機械がのたうち回ると果たしてそれが生命に見えるか?という問いを突きつけるために。その機械を見ながら、もがく姿に思わず自分を重ねてクスッと笑ったり、応援してしまった私はまんまとその策にハマったわけだ。こうやって七転八倒しながらも生きていく、それが生命というものなのだろうか。

また非常にシンプルなコンセプトかつ神秘的なビジュアルでこの会場の目玉となっていたのは「Liminal Ring」。大車輪の各軸に輪っかがくっついており、それらの輪が回転する中を煙がすり抜けるというもの。他に仕掛けはなく、作者は車輪の回転という人為と、完全に制御されない煙の相互作用に美と驚異を見出したようだ。他にも「複雑系」という、AIや量子力学と並ぶ科学のフロンティアを扱ったものは色々あったが、この流体という身近なようでなかなか解明仕切れない複雑系を端的に体験させた作品は、自然をコントロールしようとする人間とそうはさせまいとする深淵な力の拮抗を見事に捉えたものだといえよう。
本祭典の展示で最も見どころなのは「プリ・アルスエレクトロニカ」賞のエリアだろう。

毎年メディアアートの頂点を巡り、多数応募のある賞であり、今年は前年から1,000件ほど増えて3,987件の応募があったとのこと。その⅓ほどは中国からというのだから、かの国の勢いがここでも発揮されているらしい。
Golden Nica (New Animation Art部門)に輝いたのは「レクイエム・フォア・エグジット」。直訳では「出口のための鎮魂歌」。これは4mにもなる大きな顔つきの装置で、恐怖を煽るような暗い音楽・声・空間の中、いかに人間がDNAレベルで争いをするよう組み込まれているのかを滔々と語るものである。メディアアートというよりも何だか演劇とテーマパークアトラクションの混じったような不思議な感覚になる。その時代を真っ直ぐに見据えたメッセージが審査員の心を捉えたのかもしれない。

その向かいにはHonorary Mentionの一つに選ばれた「From0」。参加者が声をマイクに吹き込むと、その音声が16等分されて好きなようにリミクシングできる装置だ。作者は、音楽というものがどれだけ我々が何気なく発する言葉や音と密接に関わっているのかを、体感してほしかったとのこと。真の意味でインタラクティブでどれだけ遊んでも遊び足りないような、音楽の奥深さに引き込まれる秀逸な作品だった。
https://calls.ars.electronica.art/2025/prix/winners/14226/
世界各国の大学が代表者を選出して展示する「キャンパス部門」では、今回私がアルスにくるきっかけとなってくれたKaori OgawaがHonorary Mentionを見事獲得。この’Micro Orchestrism’は「発酵における創造の主体を問い直す」作品であり、人間と微生物が対等な創造者として共に音楽を織りなすというもの。部屋に入ると木製の美しい神楽殿が正面奥で出迎えてくれ、雅楽が静かに流れる何とも癒しの空間である。神楽殿に近づくと鑑賞者は発酵する日本酒を見つけ、微生物が発酵の過程で発する泡が絶えず活発に生まれては消えるのを観察できる。その泡が発される時、雅楽奏者の笛の演奏に琴や琵琶、打楽器による「微生物のリズム」が加わる。訪れる人は皆この見えない生物と我々人類がセッションする様を、静かな感動を胸に味わっていた。

アルスの常連である東大筧研の「水蒸気で開く花」や、地震の物理モデルをフィジカルな装置で再現し、人の手で「地震を起こせる」インスタレーションにより人工地震問題を提起するもの、ジャイロスコープを使って物体を動かすことでDJのできる装置など、興味深いアイデアが溢れているセクション。
他にも数えきれないほど素晴らしい作品があったのだが、丸々3日間滞在しても見きれない。ぜひ読者の方は一度足を運んでほしい。
